相撲ゆかりの地

相撲ゆかりの地

江東区は相撲と大変ゆかりの深い土地です。江戸時代の相撲興業は京・大阪からはじまりますが、 トラブルが多く、禁令が出ていました。その後禁令が緩み、初めて幕府公認の相撲が執り行われたのが富岡八幡宮です。そのため、相撲に縁のある寺院や相撲部屋が数多くあります。相撲の歴史と、現在活躍されている力士たちの部屋をまわってみるのはいかがでしょうか。

観光テーマ・スポット一覧

1. 富岡八幡宮(とみおかはちまんぐう)

富岡八幡宮

江戸幕府が相撲を行うことを初めて公式に認めた勧進相撲発祥の地で、境内に横綱力士碑などの相撲関連の石碑があります。 横綱力士碑は明治33年(1900)に、第12代横綱陣幕久五郎を発起人に歴代横綱を顕彰する碑として建立され、初代明石志賀之助から歴代横綱の四股名が刻まれています。新横綱誕生時には相撲協会立会いのもと刻名式がおこなわれ、新横綱の土俵入りが奉納されます。

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2. 因速寺(いんそくじ)

因速寺

四ツ車大八は秋田生まれの力士で、前頭三枚目どまりでしたが、芝居や講談で有名な「め組の喧嘩」の力士として知られています。文化6年(1809)4月に38歳で死去し、当時深川福住町にあった因速寺に葬られました。その後因速寺は昭和2年(1927)に現在の地へ移転しました。また、境内には砂村促成栽培をはじめた松本久四郎の墓(史跡)もあります。

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3. 尾車部屋(おぐるまべや)

尾車部屋

明治10年(1877)6月場所限りで引退した玉垣部屋所属の元幕内・勝山関が「年寄・尾車」を襲名して創設しました。明治から大正初期にかけては横綱・大砲万右ェ門関や大関・荒岩亀之助関などを輩出した大部屋でした。昭和15年(1940)5月に部屋は一度閉鎖になりましたが、昭和62年3月に佐渡ヶ嶽部屋所属の元大関・琴風が独立して、47年ぶりに復活を果たしました。 現在は嘉風(よしかぜ)と豪風(たけかぜ)が関取として活躍しています。 ※一般見学は不可 ※2014年9月現在の情報です。

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4. 高田川部屋(たかだがわべや)

高田川部屋

昭和49年(1974)3月場所に現役を引退して年寄・高田川を襲名した8代高田川(元大関・前の山)が、同年4月に内弟子8名を連れて自身が所属する高砂部屋から分家独立して高田川部屋を創設しました。現在は元関脇・安芸乃島(現在の高田川親方)が率いています。 ※2014年9月現在の情報です。

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5. 錣山部屋(しころやまべや)

錣山部屋

平成14年(2002)9月場所限りで現役を引退、以降は井筒部屋の部屋付き親方となっていた年寄・20代錣山(元関脇・寺尾)が、平成16年1月、2人の内弟子を連れて井筒部屋から分家独立し、錣山部屋を創設。現在の部屋は平成18年12月に建てられました。現役時代に人気力士だった元関脇・寺尾が率いていることで注目度も高い大部屋です。現在は豊真将(ほうましょう)と青狼(せいろう)が関取として活躍しています。 ※2014年9月現在の情報です。

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6. 大嶽部屋(おおたけべや)

大嶽部屋

昭和46年(1971)5月場所限りで引退した二所ノ関部屋の元横綱・大鵬が一代年寄・大鵬を襲名し12月に数名の内弟子を連れて二所ノ関部屋から分家独立して大鵬部屋(たいほうべや)を創設しました。平成17年(2005)5月に大鵬が定年退職を迎えたため、前年の1月1日付で16代大嶽に師匠を交代し、部屋名称も大鵬部屋から大嶽部屋に変更。後平成22年7月大竜が大嶽を襲名し、部屋を継承しました。 現在は関取として大砂嵐が活躍しています。 ※2014年9月現在の情報です。

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7. 横綱・阿武松緑之助墓(よこづな・おうのまつみどりのすけはか)

横綱・阿武松緑之助墓

阿武松緑之助は、能登国七海村(石川県)の農家の生まれで、文化12年(1815)、25歳で武隈に弟子入りしましたが、一度は国に帰された後、錣山の弟子になりました。それ以降年々成績をあげ、文政10年(1827)、38歳で横綱となりました。歴代横綱の中では、大器晩成型の努力家の力士でした。嘉永4年(1851)12月に61歳で死去し、玉泉院に葬られました。

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8. 深川江戸資料館(ふかがわえどしりょうかん)

深川江戸資料館

元横綱・大鵬の顕彰コーナーが常設されています。現役時代の写真パネルや貴重な遺品なども多数展示されています。相撲が執り行われはじめた江戸時代の街並みや庶民の生活の様子を見学することもできます。また、相撲に関する特別展が開催されることもあります。

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